ワンカップ考察

こんばんは。

突然ですが、電車の中で日本酒のワンカップを「ちびちび」と呑んでいると、「ちらちら」といぶかしげに見られることが多いように思います。今日はそこにちょっとばかり疑問を抱きました。手に持っているのが缶ビールだったりストロングゼロだったり「氷結」の場合、昨今では「見慣れた光景」として誰も気にも留めないように思われるのですが(少なくとも僕は気に留めません)、日本酒ワンカップは缶ビールや缶チューハイやペットボトルなどの類いと比べて、容量は小さいくせにずっと目立つようです。

いったい、何故でしょう?

今朝はあまり時間がないので、その理由について深く考察することはしないでおきますが、理由として先ず挙げられるのは、

「飲み口が他の飲料水用容器と比べて大きい」。これではないでしょうか。そしてその大きさは何を意味するか——端的に言って「こぼしやすそう」。

僕は普段、ワンカップを電車の中で呑むことはほとんどなくて、これは何よりも「こぼしてしまう」ことを恐れているからですが——ただ床にこぼすだけならともかく、車中で人様の御服に御酒ぶちまけたりしたら目も当てられんからな。

昨日も整体帰り、駅ナカスーパーに飲み慣れたワンカップが売っているのを見つけて、つい1杯きこしめしたくなって、しかしここはお洒落に白ワインにしておくか……(そこではワンカップの白ワインも売っていたのです)、迷った揚句に両方買い求め(2本で550円)、発車間際の南武線(そういう線があるのです)車内に駆け込み、ふう……日本酒ワンカップを「ぱかっ」と開けた刹那、車内の少なくとも3人くらいが、いぶかしげに私を見やったのです。その視線は控えめに言って、あまり好意的な眼差しではありませんでした。どころか、私のすぐ近くにいたうら若き女学生はクマを避ける子リスのように私の側をそそくさと離れていった。

それはおそらく私の自意識過剰や被害妄想ではありませんでした。たぶん、私だって、自分のすぐ近くでワンカップを開ける人を見たら(実際にはその人の見た目や雰囲気にもよりますが)ちらっと見て、そそくさと離れるような気がする。何故だろう? と自分に問うてみると、やはりこぼされるのを避けて。あるいは面倒事に絡まれるのを避けて。

さて、何が言いたいかというと……電車の中で顔を赤らめ、ぶつぶつとひとりごちているような、「いかにも」な酔客がきこしめしている率がもっとも高そうなお酒——それが「日本酒ワンカップ」であることにはおそらく多くの方が異論ないでしょう。ワンカップ——そこにはある種の享楽的かつ退廃的な魅力が宿っています。ストロングゼロや氷結500ml缶ではけっして代替できない古典的かつ和風かつ酒精強めの魅力が。

同時に、否、だからこそ、飲み手がもっとも慎重にならなければならない(こぼしたり、人の服にぶちまけたりしないように)——そんなアンビバレンツで危うい存在。それが電車の中における日本酒ワンカップでありましょう。しかし、今後ワンカップを電車の中で呑むのは止めようかな——と昨日は思いました。どうしても呑みたい時は小瓶にしとくわ。小瓶なら目立たないし、蓋があるから零れる心配も(ほぼ)ないからな。それがいーよ。と私も思う。