新しいクツが欲しい

祝日(体育の日)を含む3日間の喫茶為事が終わった。

連休はたいてい、お客さんの数はぐっと少なくなるのだけど、この3日はわりとコンスタントに忙しかった。理由はわからない。

3日め、すなわち昨日の晩は解放感からか派手に呑んでしまって、今朝は久方ぶりの強烈な二日酔いを(再)経験した。

いや、今朝のは「二日酔い」という次元など軽く越えて、早朝40分ばかり得体の知れない多幸感さえ感じた。きっとまだ多量の酒精が残っていたのだろう。

しかしその後は、気だるさと痛みと不快感が雪崩のようにどさどさと押し寄せてきて、いかんとも為難く、ひたすら横になっているほかなかった。

そうした状態でじっと横になっていると、半分眠っているような、半分起きているような、こちらの意図していない自由詩や架空の情景や謎のキャラがめまぐるしく、せわしなくばらばら降って、ぷかぷか浮かんでごうごう暴れ出すような、とてもじゃないけど仰向けに眠れないような、のっぴきらない状態に置かれることとなる。それはある種貴重な「地獄巡り」というか、通常の二日酔いでは得られない、希有で由々しき体験である。猛反省したので、しばらくは御免被りたい。

そんな状態をどうにかこうにかくぐり抜け、外に出て夕食を頂き、露払いのビールを1杯だけ呑むと、ようやく現実世界と自分の位置関係が掴めてくる。その位置関係は、自分の内に宿っている深層の不安をさらに昂進させる。あるべき点とあるべき点のポイントがずれてくる。自分が何処にも所属できていないような気がする。乖離、というのとも少し違う。強いて言えば、足に合っていない靴を履かされて、ほの暗い砂漠を歩き回っているような心地に近い。

下を向いて歩きながらの帰り道。ふと思い当たる。

こんな時、必要なのは、靴なんだ。それは観念としての靴でもあり、物質としての靴でもある。それはどんな靴か?

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じゃーん。それはこんなスニーカーなのさ。あまり「洗練されている」とは言い難いデザインでしょう。僕もそう思う。おまけに2万円近くもする。隣町のスポーツ用品店にはサイズがなかったから試し履きはしていない。でも、きっとこれは自分がこれから履くべき靴なんだ、という妙な確信がある。

ブラッドベリ『たんぽぽのお酒』でダグラス少年が新しいクリーム=スポンジ・パラ・ライトフット靴を熱烈に欲するように、僕はこのアンダーアーマーの「ホバーファントム」黒ジョギングスニーカーを強く欲する。この靴がないと、今年の冬と来年の春がうまく乗り越えられないような気さえする。

「どうして新しい運動靴がいるのかいってごらん? いえるかね?」とパパは言う。

「それは……」

それは、真冬の真夜中に、ぐしゃぐしゃになった煙草のソフトケースと100円ライターをピーコートに押しこんで、どこかの団地の屋上にこっそり上る時、誰もいない硬いコンクリートの上を跳ねているような感覚をもたらしてくれるからなんだ。ニューバランス996か1400でもそれに近い感じは得られるかもしれないけれど、それとはちょっと違うんだ。必要な履き心地は、もっとよそよそしくて、気恥ずかしくて、包みこまれるようなやつなんだ。お互いに確かに好意は持っているんだけど、まだあまりよく知らない相手に抱きしめられているような心地っていうのかな。ぜんぜん落ち着かないような、だけどこれから信頼できることが仄かに感じられるような、真新しくも懐かしい感じがこのジョグシューズにはあるんだ。

「わからないかな?」とダグラスはパパに言った。「とにかく僕にはこの靴が要るんだよ」

そういうわけで、Amazonで買います。